大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口家庭裁判所 昭和47年(少)1452号 決定

少年 K・K(昭二八・九・七生)

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

1、本件送致事実の要旨は、少年は自動車連転業務に従事しているものであり、昭和四七年三月四日午前八時二〇分ころ原動機付自転車を運転し字部市○○○○○○の○○たばこ店前道路を琴崎八幡宮方面から沼交差点方面に向け時速約三〇キロメートルで南進中、同道路左側を自転車で同一方向に進行中の○垣○(当時六七歳)の右側を追越す際、同人の動静に対する注視、警音器吹鳴、十分な減速、同車との間隔の留意、安全確認等運転者としての業務上の注意義務を怠つた過失により、同自転車との距離が約二・八メートルに接近したとき急に右折を始めた同自転車右横車体部に自車前部を衝突させ、○垣を転倒させて、同人に入院加療約三か月を要する頭部外傷II型、脳挫創、右側頭骨骨折等の傷害を負わせた、というものである。

2、よつて審理したところ、司法巡査作成の実況見分調書、○安○エ○の司法巡査に対する供述調書、少年の司法巡査および検察官に対する各供述調書、当審判廷における少年の陳述を総合すると、次の事実を認めることができる。

少年は幅員約九・三メートル(歩道を除く)の本件道路片側車線幅員約三・二メートルを南進中、本件衝突地点から約二一・三メートル手前にある横断歩道付近で、前方一五・五メートルの地点を同道路左側歩道から約一メートルの間隔を置いて同方向に進行する被害自転車を認めたので、やや右寄りに道路中央線から約〇・五メートル隔てた線上に進路を変え、二〇ないし二五キロメートル毎時位の速度で同自転車の右方を追越すべく直進した。従つて両車がそのまま直進を続ければ少年の車は被害車と約一・七メートルの間隔を置いて追越しうる状態にあつた。ところが、少年の車が被害車の右後方約二・八メートルの地点に接近したとき、被害者○垣○は右後方の確認も右折合図もすることなく突然右折を始めたので、少年はただちに制動措置をとつたが衝突するに至つた。その際、少年は、中央線から右約一メートルの間隔をもつて進行してくる対向車の接近を認め危険を感じたため、中央線よりに右転把して衝突を避けることもできなかつた。○垣はその場に転倒し、少年の車の停止位置もほとんど衝突地点を出ていない。この間、少年は警笛を吹鳴せず、また被害者が老人であることを認めたのは同人が前記右折を始める直前に至つてからであり、被害車の進行状態に蛇行やふらつきはなかつた。なお、双方の車両にハンドル、ブレーキ装置等の故障はなく本件衝突の結果、加害車両には損傷の痕跡ないが、被害自転車は前輪泥よけの後部がタイヤ側に押された状態であつた。

以上の事実からみると、少年が左方に安全な間隔を置いて追越し中、被害自転車の右折開始を認めたのは両車が約二・八メートルの至近距離に迫つてからであつて、前記の速度で進行中の少年が急制動措置をとつたとしても、直進状態では衝突を回避することは不可能と考えられ、他方、このような至近距離において少年がかりに右転把の措置をとつたとしても衝突をまぬがれたか否かは極めて疑わしいばかりでなく、追越しにあたりすでに道路中央線付近に寄つて進行していた少年として、対向車との接触の危険を犯してまでさらに右寄りに転進することは期待しがたい状況にあつたと考えられる。そこで、危険発生の認識に至るまでの少年の注意義務についてみると、追越しにかかつた際の少年の車両の進行速度は、上記のとおりであり本件衝突後の両車の停止位置および被害自転車の損傷の程度からみても安全を欠く速度であつたとは考えられず、また、前記一・七メートルの側方間隔についても、右折開始までの被害自転車の当時の進行状態に特に異常が認められない本件においては、妥当を欠く点は見当らないし、警音器を吹鳴すべき状況にあつたとも認めることができない。従つて、本件においては、結果の回避についても予見についても少年に義務違反があつたとみることはできない。

3、従つて本件につき少年には非行がないから、少年法二三条二項により少年を保護処分に付さないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 松本克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例